プロローグ
あたしはマーナカリア
ぴっちぴちの100歳チョイ!
道行く誰もが恐れおののく
超絶天才・魔法美少女よ!
今日も今日とて魔女っ子らしく、怪しげな実験に勤しんでいたのだけれど…
それがまさか、あんな結果になるんなんて!
もぉたいへーん
でもマナカ負けない、魔女っ子だもん!!
………
ってノリだと楽なんだけどさ
どうやらノリで済ませられる状況でもなさそうじゃない?
あーヤダヤダ
何であたしがこんなピンチに陥らなきゃいけないのよ
それと言うのもアイツらがさぁっ…―――
それは日常だった。
ギシ―と良い感じに不愉快な音を立てる床板を踏みしめながら、あたしは意気揚々と実験室へと踏み込んだ。
グツグツと煮えたぎる大鍋、血塗られた石の寝台、不規則に正しく並べられた燭台、様々な秘薬や触媒、読み散らかされた漫画雑誌。
実験に必要な機材は一通り揃っている、それも一際怪しい実験の。…あぁ、最後のはただの私物だけれど。
この実験室で様々な知的好奇心を満たす事、それが魔女であるあたしの勤めだ。
この世には試していない事が沢山有る。この歳になってもなんら変わらず、この胸の好奇心を満たしてくれる。
素晴らしい事じゃない。
まぁ、それで他人がちょちょ~いと犠牲になるのは、致し方ないことだ。そう、尊い犠牲。
と言っても、今日の実験はそこまで非人道的ではない。
何せあたし自身が非検体なのだから。それなら誰に文句を言われる筋合いも無いでしょう?
安全確認に使ったモルモット達も無事だったし、今の時点では概ね良好。
「よっこらせ…っと」
あたしはぶかぶかなローブを引きずりながら、石の寝台の上へとよじ登った。
いつもは他の何かしらを乗せている台座だ。自分が乗るのもそれはそれで新鮮味があって面白い。
固く寝心地最悪な寝台の上に寝転がり、胸の前でそっと手を組むと、目を閉じた。
既に、全ての準備は完了している。
ここに来るまでに、この館全体に厳重な防護結界を施しておいた。
館の周りには迷いの森が広がっている。
出るも入るも困難な大森林と、あたしの自慢の結界。この部屋はもはや世界一安全な場所だろう。
それこそ自分から出て行かない限り、危険なんてありえない。
「―――――」
小さく開いた口から、ゆっくりと呪文を紡ぎ出す。
歌うような旋律が部屋を包み、エコーが低く高く、様々な音程で響き渡る。
やがて感じる微かな誤差、自分の発した声がどんどんとゆっくりに、遅れて聞こえてくるような。そんな違和感。
(――あと、すこし。)
そして、最後まで呪文を唱え終えた時。
あたしは、あたしの声を――客観的に聞いていた。
ふわり―と身体が浮かぶ。いや、浮かんだ気になっている。
見下ろせば死んだように眠るあたしの顔があった。
(成功ね。さっすがあたし!)
空中に浮かんだままぐっと拳を握る。いや、握った気になっている。
そう、今日の実験内容は俗に言う”幽体離脱”と言うものだった。
幽体と言うより思念体と言うべきだけれど、細かい事はさておき。文句なしの大成功、素晴らしい!
上機嫌で、眠るあたしの顔を眺めるてみる。
(………こうして見ると、つくづく美少女よね、あたしって。今度はクローンでも作って遊んでみようかしら。)
なんて、邪な事を考えながら舌なめずり。いや、舌なめずりした気分だけどね。
…しかし、クローンってのは本気で考えなくも無いわね。メイドにしたり、ナニしたり……楽しそうじゃん。
まぁ、とにかくっ。
こうして思念体になれたからには、色々とやってみたい事ってあるじゃない?
そんな訳であたしは早速、透け透けの身体を活かして館を飛び出して行った。
ほっとけば精神が磨り減って消滅なんて事になるけれど、この天才たるマナカ様がそう簡単に消える訳ないものね。
身体の安全は確保できてるんだし、色々と遊ばなくちゃ!
それが、あたしの日常。
100年チョイ繰り返されてきた、刺激的で、でもありふれた毎日。
…この時までは、ね。
………
―――
………
すっかり日が暮れ、夜の森は良い感じに不気味でステキ。
あたしは鼻歌交じりに、すいす~いっと森の上を飛んでいく。
飛行呪文と違って鬱陶しい風を感じない、どれだけ速度を上げてもOKだ。これはなかなか快適だった。
とっとと街でも除きに行こうと、よりいっそう速度を上げる。
だが、そこに妙な音が聞こえてきた。
「――――ッ!」
「――――…!」
人の声。二人。男と女か。しかも怒鳴りあってる。
不審に思って眼下の森を覗き込んでみれば、二人の男女が言い合っている。見るからに痴話喧嘩だ。
男にいたってはナイフまで持ち出している。どこにでもある、実につまらない風景だ。
(………こいつら、ヒトんちの森で何やってんのよッ!)
だが、それを自分の領地でやられるのは非常に腹が立つ。
大体、ここは迷いの森だ。出るも入るも困難で、入ったならまぁ、生きて出られないっしょ。そんな所でホントに何やってんだか。
そいつらの会話の内容は聞こえなかったし聞く気もなかったけど、イラついたのでちょっとイタズラしてやろう。
おあつらえ向きに、空には濃い雨雲が浮かんでいる。
自前の精神力を魔力に変えて、ちょちょいっと雨雲をつっついてやる。直ぐに雨が降り始めた。
だが、唐突に降り始めた雨に打たれて、二人はますますヒートアップするだけだ。…ますますウザイ。
流石のあたしも、ぷっつーんっと堪忍袋の緒が切れる。
(………悔い改めるが良いわ。魔女マーナカリア様のお膝元でバカやってる事をね!)
透き通った指を天へと向けて、一気に振り下ろす!
同時に雷鳴が轟き、男女――の、直ぐ脇の木を直撃。真っ二つに裂いて炎上させた。
思念体で使う初めての魔法の出来に、我ながら惚れ惚れする。
この姿で魔力を使えば同時に命を縮める事になるかもしれないが、…まぁ、直ぐに身体へ帰れば問題ないだろう。
何より今は、バカどもに天罰を与えるのが最優先だ。
(あはははっ!!どんなもんよ、バーカバーカ!驚いた?チビっちゃった?あはははっ!!)
相手には見えないし聞こえないだろうけど、盛大な嘲笑を浴びせながら二人の下へと降りていく。
どんな顔をしているか、ワクワクしながらそいつらの顔を覗きこんだ。
「………あ、ぁ。違、う、こんなつもりじゃ―――」
(………ん?)
様子がおかしい。
男の表情は期待していたような、ビックリ仰天白目をむいて気絶している面白フェイスでは無かった。
「…い、いの。あなた、になら。だから、あなたは―――生きて―――」
(………あぁ?)
女はと言えば、胸を押さえながら苦しげに声を出している。
降りしきる雨に流され、赤い水溜りが女の足元へと広がっていった。
トサ―と小さな音を立てて、女の胸からナイフが落ちる。
「い、いやだ、死なないでっ…。俺が、俺が悪かったから!」
「…………ごめん、ね………。あいして―――」
(―――はぁぁっ!?)
訳が分からない、何でそうなってんだか。
(なにそれ、今ので手が滑って刺しちゃったとか!?っていうか、謝り合うくらいなら初めから痴話喧嘩なんてすんじゃないわよっ!そもそもアンタ達、この森に迷い込んだ時点で死ぬの決定なんだからね!そうよ、全部アンタ達が悪いんじゃない!バカどもがバカやってバカをみただけでしょ!別にあたし関係ないしぃー!あーバカバカしい、ホントばっかばかしい!あたしもう知らない、あとは勝手にやってればァッ!!?)
ムカムカする、とてもムカムカする。
せっかく今日の実験は大成功だったのに、バカどもで所為で最悪な気分だ。
さっさと帰って何かに八つ当たりしたい、この際お気に入りの一つや二つぶち壊しても構わない。
あたしは振り返ってすかさず飛び立った。
すぐ背後に存在した、巨大で、不気味で、赤黒い”ゲート”の渦の真っ只中へと
こうして、あたしはこの世界にやってきたの!
それもこれも、あのおバカさん達のせいよねー
バカ女を殺したバカ男
バカ男を追放する為に開いたゲート
それに巻き込まれるあたし
わー マナカちゃんかわいそう!
………
ッチ
このままじゃ消滅するわね
身体…身体を探さないと
あぁもう、なんであたしがこんな目に合うのよー!!